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三島由紀夫賞贈呈式の件について、ぼくは報告し謝罪しなければならないことがあります。
以前ツイートしたとおり、贈呈式には、現代美術家の村上隆氏、アニメ監督の山本寛氏、ゲーム会社経営者の馬場隆博氏より、4つの大きな花束が贈られました(馬場氏よりは「おそらく」2つ。というのも「CLANNAD 岡崎渚より」というのがあったので!w)。
ぼくはそれは、とても嬉しかったです。
しかし実際には、会場では、新潮社の方針により(ぼくだけに花束が来ているのがバランス的にまずかったということだと思います)、それら花束からは送り状の木札がすべて抜き取られてしまいました。またそれら木札は、花束とともに、ぼくの了解なく、贈呈式が終わるとすぐに破棄されてしまいました。
また、山本氏と馬場社長からは贈呈式に向けて電報が届けられていたのですが、それは1次会でも2次会でも読み上げられることなく、打ち上げもなにもかも終わった今日、ようやくぼくに届けられました。
ぼくの友人や知人がせっかく贈ってくれた花を、名前を挙げて掲示することなく、ぼくの承諾もなく破棄したこと。それそのものにもぼくは怒りを禁じ得ないとともに、村上さん、山本さん、馬場さんの本当に申しわけないと思うのですが、しかもそれだけではありません。
じつはこの贈呈式については、ぼくは当初より、「東さんの友人は若いひとが多いので招待を少なくしてくれ」と陰に陽に圧力を受けていました。つまりは、文壇関係者以外はなるべく呼ばないでくれ、と圧力を感じていたのです。
じつはさらに以前に、三島賞受賞決定の夜、ホテルオークラに花束をもって駆けつけた読者に対して、編集者は、「ここは受賞者と選考委員が懇談している場だから、混ざらないで」と言って、花束をもった読者たちをホテルのバーの隅に押しやったということもありました。
三島由紀夫賞を頂いた以上、このようなことを言うのは新潮社に非礼かとこの2日間悩んでいました。実際非礼です。しかし、今日、近しい友人に相談し、この一連の件、やはりおおやけにするべきだと判断を下しました。なぜなら、これを言わないのは、今度は花を贈ってくれた人々に非礼になるからです。
ぼくがここで問いたいのは、単純な疑問です。新潮社がぼくの小説に賞を与えたのは、だれを祝福するためなのでしょう。普通は作家を祝福するためであり、さらに根本的には、小説の、そしてそれを支持する読者を祝福するためのはずです。
しかしぼくは、今回、受賞後のさまざまな経験を経て、この賞は作家のためでもなければ読者のためでもない、選考委員と編集者のためのものでしかない、と思わざるをえませんでした。文壇関係者以外がパーティに出たり、花を贈ったりすることに対する、明らかな戸惑いと拒絶の意志を感じました。
ぼくはそのようなところでは仕事をしません。というか、それは、ぼくがこの10年間培ってきた読者や支持者たちへの裏切りになると思います。
早急な誤解を避けるために記しますが、ぼくと「新潮」の関係は15年近くあり、矢野優編集長とは長い付き合いの盟友です。矢野さんのことは尊敬もしている。しかし、そのうえで、ぼくは、この受賞後騒動のもろもろに窺える「文壇外の人間に対する無意識の侮蔑」には耐え難い。
以上。天地神明に誓いますが、この発言には根回しはいっさいありません。
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全部は撮れず。龍の目みたーいね (Taken with instagram)
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“「知らなくても生きていける」と言う人は、「知っていると面白い」ことを見逃しているんだよ。”
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“帰宅したら、飼い猫がじっと黙ってクッションに座っていた。
いつもは玄関まで迎えに来てくれるのに、やけに大人しいなと思ったが放っておいた。
...”
